待機児童問題について考えること

(事実誤認や思い込みも含まれているかもしれませんが、伝えたいことは最後にあります。)

「○○くんと遊びたい。○○先生のところに行きたい。保育園に行きたい。」現在4歳の長男が言い続けている言葉。

私たち夫婦は、その度に息子に「本当に申し訳ないことをしてしまった」と悲しい気持ちになる。結婚後、共働きをしていた私たちは、長男が1歳になるのを待たずに、町の保育所へと預けた。

衝撃だったのが長女の出産予定日が分かった頃、生まれた日から8週後の月末に長男は、大好きな保育園を退所しなければならないという事実。そんなルールを知らなかった私たち夫婦に落ち度はあったと思う。

役場の窓口で、「本来、お子さんは家庭で見るのが当然。お子さんが退所することで、わが町の待機児童問題が1件解消する」という趣旨のことをきつく言われたことは今も忘れない。

これが、いわゆる育休退園。自治体や上の子の年齢によっても、対応は変わるが、私の住む福岡県糟屋郡では、対応はだいたい一緒。この件以外にも、隣の福岡市に比べるとかなり時代に取り残されている印象を受けることが多いが、働き方やライフスタイルにまで古い価値観を押し付けられたような嫌悪感があった。窓口の対応で、もっと悲しい思いをされている方はいるのだと思う。

いろいろな選択肢があったが、結局、息子の気持ちを尊重して、同じ保育園に戻れるように空きを待つことにした。

待機児童になった翌月に保留の通知が届く。そして、毎月20日頃に役場からの電話がかかってくるのを待つ。なければ、また1か月。。町内外の他の施設についても調べるようになる。

毎週、月曜日の10時から12時は、息子が希望する保育園の園庭解放があり、お友達や先生に会うのを楽しみにしている長男を連れていく。おかげで?長男に曜日の感覚がついた。雨が降ったり、祝日で行けないと残念がるのが印象的だった。

長女が生まれたのが前年の1月、退園が3月。夏、秋が過ぎ、長女が1歳になる前には、妻も正社員として復職するつもりでいたが、長男、長女ともに待機児童になるということで、フルタイム(正社員)で復職することを断念し、パートで復職することに。やむを得ず長女は、隣町の企業主導型の保育所に。

それでも、長男は空きが見つからず(待機児童は短期間の入所も断られる)妻が仕事の日は、両家の祖父母のもとへ(近くにいてくれるので恵まれている)行ったり、場合によっては私の事務所にいる。

糟屋郡はまだまだ人口が増加していて、20年後も増加しているという予測もある。糟屋郡には7つの町がある。そのうちの粕屋町、新宮町は全国700以上ある町の中でも人口増加数は1位と3位。15歳未満の人口割合も我が国全体が12%前後であるのに対して、粕屋は約18%、新宮は約21%と5人に1人が子どもたちという現状。だからこそ、今回こうして声を上げたい。

他の自治体とは、状況が違う。政府与党の言う「保育の無償化」は糟屋郡においては、待機児童問題の事態を悪化させ、保育の質の低下をも招く。実情に合っておらず税金を投入することではない。

今後、保育園が決まったとしても、兄妹がバラバラの保育所ということもある。それもまた、私たちが小さいころの「あたりまえ」とは状況が違う。

待機児童問題という社会問題、行政のシステム等で、子どもの気持ちまで十分に汲み取れていないこと。そして、働きたくても働けない親たちを生み出していること。

それが、コミュニティ力を弱め、郷土愛をも薄めていると私は思う。自治体が人口増加やコミュニティの活性化を謳うのならば、小さな彼らの将来のことを真剣に考えるべきだと強く訴えたい。彼らが、20年後、30年後にこの地に住みたいと思える「まち」なのかを問いたい。そして、彼らが親になって、次の世代に何をどう伝えるのか?までを平成の次の時代には真剣に考えなければならない。